
---6月4日から第5作目の出演映画『いらっしゃいませ、患者さま。』が公開されますが、今作に出会ったきっかけを聞かせてください。
デビューしてからずっとツアーばっかやってきたんだけど、最近は昔ほどスケジュールが過密でなくなってきたんで、いい台本のときには、音楽以外の話も引き受けていいかなと思って。
---今回の熱く生きる男の役はぴったりですね。
風俗界の救世主が、潰れかけた病院を再建するっていう設定で、院長が渡部(篤郎)さん…僕はアッツって呼んでたんだけど(笑)。以前、小田和正さんが監督した映画のワンシーンに、武道館ステージが出てきたんだけど、実は僕たちのコンサートのアンコール時間を15分くらい貸して撮影したんだよ。その作品に渡部さんが出演しててさ、久々の再会だったね。
---渡部さんは初のコメディ挑戦だったとか。
映画ってシリアスなのもラブストーリーもいいけど、僕は笑ったり、ちょっとホロッときたり、面白い作品がいい。オカルトとかホラーはさ、血が出るでしょ。真っ赤なの見るとメシが食えなくなるんだよ(笑)。コメディは人間にとって一番必要だと思うんですけどね。
---台本を読んだときはどんな感想でしたか?
読んだ途端にパッと役の設定ができるほど優秀ではなくて、意外とセリフ多いなーっていうのが感想だったな(笑)。頭がそんなに良くないから、現場ではずっと台本を読んでたよ。
---セリフはどうやって覚えるんですか?
いやもう、反復だよ、反復。1行覚えて見直して、あーっ間違った! ってのを繰り返し。受験みたいだよね。映画って相手のセリフも覚えないと、自分がどこでしゃべっていいのか分からないじゃない。歌詞だってしょっちゅう間違えるんだから、セリフを覚えるなんて信じられないですよ。渡部さんは頭に入れてきて、現場では台本見ないからね、カッコいいですよ。
---セリフ覚えも大変ですけど、難しいシーンだとどうやって演じようか悩むことも?
現場は楽しかったから、悩むなんて全然なかったよ。監督は優しい人で場の雰囲気を大事にするし、みんなとよく対話をして意見も聞いてくれる。僕はすごく好きでしたね。たまにテストの繰り返しで、なかなかカメラが回らないこともあったんだけど、こういうことも含めて映画ってリハーサルからワンシーン、ワンカットを大事に撮るから、すごく面白い。
---映画はワンカット、歌はワンフレーズずつ煮詰めて作る。似てる部分があるんじゃないかと。
いや、それはちょっと違うと思うな。映画っていきなりエンディングから撮ったりするけど、歌は起承転結。例えば男女が出会って仲が展開して、別れるっていう流れがあるんですけど、映像は一部分だけを抜いて作品を作ったりする。その感覚を理解するのは難しいんですよね。
---大友さんが初めて映画に出演したのは90年の『ゴールドラッシュ』でしたが、そのときは今よりもさらに戸惑いがあったのでは。
学芸会の劇に出たこともないんだから、困っちゃいましたよ。でも原宿・ロック・リーゼントっていうキーワードが、自分と被る部分だったんで、何とかやれたんだと思いますね。
---今回の役柄は風俗界の救世主…まったく被ってないですよね!? どうやって演じようと?
演技を考えたりするよりも、現場にいることが好きで楽しかったんですよね。撮影現場はカチンコが鳴った瞬間、ナマでしょ。監督の指示があればみんなが従う、ベクトルが同じ方向に行く瞬間の緊張感がたまらない。一つの大きなことに関わってるんだっていう、それだけでワクワク感、エクスタシーを覚えますよ。
---現場が一体になると、満足感もついてくると思います。納得の演技はできましたか?
試写を見てもうガッカリ(笑)。テープに自分の声を吹き込むとさ、こんな声だったっけ!? って落ち込むじゃない。それと同じだよ。もっとイケてるんじゃないかって思うんだけど、実際は全然ダメだね。声だけでも落ち込むのに、映画には映像がついてくるでしょ。とにかくみっともない、恥ずかしい、それしかない。
---一番難しかったシーンはどこですか?
院長が手術を終えたあと、僕と目を合わせるシーンができなくて。これで君も一人前の院長として認めてもらえるねっていう想いを表現したかったんだけど。ワンテイク目はいいカンジだったのに、監督にダメだっていわれたんです。人生もそうだけど、演技はファーストインプレッションだと思うんだよね。最初の瞬間が一番純粋なんで、それにNGを出されちゃうと後は気持ちの整理がつかない。でも渡部さんがいろいろと教えてくれたんで助かりました。
---NGシーンはけっこうあったんですか?
意外と勤勉なんで(笑)、あまりなかったですね。ただ、辛かったのが救急車で運ばれる場面。撮影の途中から都内のスタジオだったんですけど、最初は長野県の松本の病院で、本当に寒かったんですよ。氷点下ですからね。しかもシャツについた血ノリが乾くと氷みたいになって、とにかく冷たいのなんのって(笑)。
---リアルに苦しんでる表情なんですね。
いろんなことを経験できて面白かったけどね。歌もそうだけど映画って、作品の中に一つの人生があると思うんですよ。何もなくフラットな生き方がいい人もいるけど、僕は起伏があってこその人生だと思う。死ぬ瞬間に”俺ってフラットだったな”って思うのは、悔しい気がするんだよね。ドン底も経験したけど頂点もある、いろんな人生をまっとうしたい。山あり谷ありの中で、みんなには辛いときに映画を見て、ちょっとでもハッピーになって欲しいよね。
---大友さんの熱く、説得力のある演技は、視聴者を未来に引っ張っていく気がします。それでは、本作の見どころを教えてください。
潰れそうな病院を、度肝を抜くようなアイデアで再建していくというストーリーですが、諦めなければ何とかなるんだっていうのが主軸。カッコつけていえば、不可能を可能にするのは人間の力なんだってこと。だから、何事にもあぐらをかいちゃいけないし、安泰していても自分のことばかり考えず、いつも他人を思いやる気持ちを考えさせるはずだな…ちょっとカッコよすぎたかな? ま、いいか(笑)

---現在は俳優やミュージシャンとして活躍してますが、幼少期はどんな子供だったんですか?
活発だったですね、絵に描いたような田舎のわんぱく少年で。勉強はできなかったけど、スポーツは得意だった。小学校低学年から巨人の影響でソフトボールに夢中になってました。
---青年期は野球と柔道に夢中になったとか。
柔道一直線っていうドラマがあったんですよ。中学校で野球と柔道部どっちにしようかなって迷ったんだけど、人数が少ないから練習も厳しくないだろうと思って柔道部に入りました。
---スポーツに夢中だったのに、どういうきっかけで音楽の道へと入ったんですか?
従兄弟にタイガースとかビレッジシンガーズとかGSを聞かされたのが最初かな。その影響でギターやドラムをやったりして。高校に入ってからバンドを始めて、大学でやめるつもりがいつの間にかプロになったという流れですね。
---モテたくて音楽を始めたのではないと(笑)。
いやいや、本当はそれしかないですよ(笑)みんなそうじゃないの? 音楽を追求したいなんて理由で始めるヤツはいないよ。でもそのうち、どんどん音楽に夢中になってきて、バンドをやること、曲をコピーすることが楽しくて楽しくて。でも昔はフォークソングが女の子に人気があったんですよ。ロックは汚い、危ない、暗いってイメージで、不良は集まってくるけど残念ながら女の子は集まってこなかった(笑)。
---オリジナル曲も作ってたんですか?
フォークの人たちは作ってたけど、僕らはおこがましくてできなかった。あの頃はビートルズとかローリングストーンズのコピーが人気で、テクニックのあるヤツはレッド・ツェッペリンをやったり。僕らみたいな武闘派はロックにリーゼントですよ。矢沢永吉さんのキャロルと、宇崎竜童さんのダウン・タウン・ブギウギ・バンドが出てきて、すごい影響されてたね。
---武闘派という言葉が出ましたが、昔はバンド間の争いというのも多かったんじゃないですか。
ギターやドラムのケースを持って町を歩いてると、必ずからまれてたよ。めちゃくちゃケンカが強いか、お金を持ってるかじゃないと、その場を切り抜けることができなかったりして。
---大友さんはどっちだったんですか。
僕は強いヤツの後ろに隠れてた(笑)。だってケンカして骨を折ったら、演奏できなくなっちゃうから。楽器を弾くヤツの武器っていったら、頭突きで攻めるか足蹴りしかなかったよ。
---ケンカもしないなんて、モテたいために始めた音楽にどっぷりのめり込んだ証拠ですね。
本当にヤバいくらいに音楽が好きになって。熱病に冒されたカンジですよ。15歳のときに背中に電気が走って、それからロックンロールって熱病に冒されてここまで来たんだろうな。

---今年でデビュー25周年ですが、長いミュージシャン人生の中で、挫折したことはありますか。
何回もあるね。解散を考えたことも数えきれないほどだよ。このままのんべんだらりとうまく続くだろうっていう安定が一番嫌いだから。
---自分の気持ちに甘えは許さない。
絶対に甘くなることはないね。自己鍛錬っていう大げさなことはしないけど、ロックンロールって転がり続けることだと思う。平坦な道だったら無傷だけど、デコボコ道は擦り傷、切り傷、つきますよね。これは一本一本のコンサート、一枚一枚のアルバムをどれだけ死ぬ気でやれるかってことです。いつ死んでも後悔しないっていう気持ちでやらなかったら、バンドをやる資格はない。自分が好きで、命かけてやってることだから、チャランポランにできないよ。
---夢中になれることを見つけられない若者に、聞かせてあげたい言葉です。
若いってことは失敗できる特権があるし、それこそが財産になる。借金だってその後の財産に繋がるかもしれない。とにかく何もしないで手をこまねいているのはもったいないよ。
時間ってすぐに経つから、まだ後があると思ったら間違いだ。いろんなことに頭つっこんで、手を出して、どんどん失敗するべきだと思うな。
---大友さんご自身が失敗をしたときに心にいい聞かせる、座右の銘やモットーはありますか?
ロックンロールって言葉が僕にとって永遠の宿題なんですよ。ロックンロールはあなたにとって何ですかって聞かれるけど、その答えを見い出そうと思って生きてるんだろうな。時には親友、悪友。一番好きなものだし嫌いなものでもある。一つの答えは簡単には出ないです。
---答えを追い求める間、間違いを起こしたときに叱ってくれる人はいらっしゃいますか?
もう一人の自分でしょうね。肯定するだけの自分と、否定する自分がいつもいます。僕のことを認めてくれない自分をいつかは膝元にひれ伏せたい。だから7月の武道館コンサートは、もう一人の自分も最高だっていわせるステージじゃないとダメだなって思いますね。
---25周年記念、通算49回目の武道館です。
死ぬ気でやってきたツアーとアルバムが続いて、たまたま25年間やってこれたってだけで、23周年、24周年もあったんですけどね。
---死ぬ気でやるのが25年間続いた理由ですか。
歌うというのはある意味、身を削ることですから。楽器の場合は弦が切れたら張り替えればいいし、壊れたら買い換えればいいけど、声帯は潰れたら終わり。自分にものすごく厳しくしておかないとダメだったと思います。
---夢中になれる職を見つけた大友さんから、仕事を探す若者にアドバイスをお願いします。
失敗して仕事を変えていくのも一つの方法論だし、仕事で手に入れたお金の大事さ、儚さ、怖さを自己学習していくことが大切なんじゃないかな。試行錯誤の中で、最高だっていう仕事にみんなが出会えればいいなと思います。
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INFORMATION
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映画「いらっしゃいませ、患者さま。」
経営不振の大病院に、1人の重創患者が運ばれてきた。風俗界の救世主と呼ばれるこの男・恩地(大友)は命を助けてもらったお礼に病院の建て直しを買って出る。
彼の経営方針は「病院はサービス業、患者はお客様だ!」。世間知らずで堅物の院長・近馬(渡部篤郎)は、そんな恩地のペースにどんどん巻き込まれていく…。
監督/原隆仁
出演/渡部篤郎、原沙知絵、大友康平、他
エンディングテーマ
「SAYONARA SONG」HOUNDDOG
6/4(土)よりアミューズCQN、 テアトル池袋他全国ロードショー
6/29(水)ニューアルバム「OMEGA」発売
「SONGS」「アカペラ」「SAYONARA SONG」収録の全13曲
7/9(土)25周年記念 日本武道館コンサート
約8年ぶり、通算49回目の単独公演 チケット発売中
(問)ディスクガレージ/電話03-5436-9600 OPEN/16:00
START/17:00
アリーナ席・1階席
¥8000-(特製タオル付き)
2階席
¥5000-(特製タオル付き)
一般発売中
PROFILE
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大友康平(おおとも・こうへい)
1956年1月1日生まれ。宮城県出身。
76年ロックバンド・HOUNDDOG結成、80年「嵐の金曜日」でCBSソニーよりデビュー。
東京ドームでの初の日本人アーティスト公演など、ライブ伝説は数多く、25周年記念の日本武道館コンサートを7月に控える。
また、個人では文化放送「セイヤング」など、DJとしても人気を集め、映画『ゴールドラッシュ』『のど自慢』『パッチギ!』なども出演している。
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