仕事情報誌ドカント

今井雅之 今井雅之
 「今日はなんでも意見を言ってくれ」とある舞台演出家が言った。ハッキリ自分の意見を言うと、なぜか翌日役を降ろされていた…。「なんでこんな理不尽なことをいつまでもやっているのか」。その怒りを糧に出来上がったのが舞台「THE WINDS OF GOD」。足掛け18年のロングランの末、ついに脚本、監督、主演で映画が完成。正義と真実を追い求め続ける男、今井雅之に迫る。

INTERVIEW /佐々木竜太 PHOTO/谷口達郎

---映画「THE WINDS OF GOD」について。20代の時に脚本を書かれたということですが、映画化に至るまでの経緯を教えてください。
87年に書いたんです。当時はバブルのど真ん中で…。舞台に出ていたんですが、海外ものが多かったんです。自分も外人の役で髪を染めたりとか、顔を黒く塗って黒人の役をやったりとか。で、僕が黒人の役で舞台に出ている時に、あることで脚本家と喧嘩して降ろされたんです。その時『お金のためとはいえ、なんでこんなやりたくない舞台をやっているのか』と。その時に、ふと『自分で書こう』って思ったんです。マイクだとかトミーだとか、そんなものばっかりだったんで、日本人として、堂々と日本人の役をやりたいと思いまして。以前から興味があった特攻隊のことを思い出して。

---その興味というのはどこから来てるんですか。
僕は昭和36年生まれなんで、おもちゃといえば戦闘機とか…メンコって分かります? 零戦とか戦艦大和とかが描かれていて。

---現代だとガンダムとかですね。
そうそう。僕の時代は、戦闘機だったら零戦、戦艦といえば戦艦大和。憧れの存在だったんですよ。そうやって子供のときから身近にあった。テレビでも特攻のドキュメンタリー番組とかを土曜日とか日曜日にやってたんですよ。今は絶対にないですよね。確かに当時でも、書いている最中はちょっと考えましたよ。こんなの作ったらクレームどころか、拉致されるんじゃないかと(笑)。

---映画の中で輪廻の話も出てきますが、これはどういうところから思いついたのですか?
神風特攻隊の舞台をやろうと、演劇学校の同期のヤツとか先輩、後輩に声をかけても、みんなが難色を示すわけなんですよ。『この80年代になんで特攻隊なんだ?』って。とにかく人が集まらない。で『今井君は元自衛官だから、頭が固いんだよ』とか、そういう…なんか変人扱いされちゃって。

いったん諦めたんですけれども、どうしてもやりたいというのが離れなくて。当時、千駄ヶ谷のアパートにひとりで部屋にいた時に、『なぜ、こんなにやりたいのか?』と考えた。『もし前世というものがあったら、オレ、特攻隊員だったのか? だからこんなに興味持って、やりたいって言っているのか?』。そこで、『一度特攻隊に会って、日本は戦争に負けたんだって言ったらどうなるんだろうな?』と。自問しながら、『これイケルな』って。

---まず特攻隊を自分自身に置き換えてみたんですね。

そう。で、パッと書き始めたら、初稿が1ヶ月ちょっとでできたのかな。

---そしてどんどん正しい真実を伝えようという気持ちが膨らんでいったわけですね。

それが若い人にウケたんじゃないかな。さらに現代の若者が『なんで特攻隊なんてやるの?バッカじゃないの?』っていうのも、まともに見せたのが今回の映画です。未来の日本人たちを守るために特攻していたわけなのに、60年後は『バッカじゃないの』という…。そういう子供たちを助けるためにやっていたという皮肉を、客観的に面白いなと思って。

---そして18年も舞台で続けられることになるわけですか。先日、試写を見たんですが感動して、何カ所か本当に涙ぐんでしまって…。本当に気迫を感じました。脚本、監督、主演をやられてますが、苦労された、大変だったという点は何かありましたか?
映画に関してはただ一つ。カネ集め、もうこれだけです。あとは楽しかった。もちろん、機材をみんなで山奥に運んだりとか、ロケハンに1年かけてとか、そういった苦労はありますけど。もう二度とやりたくないのは、カネ集め。

---題材が特攻隊員ということで、スポンサーも渋るんですかね。最終的には、どうなったんですか。
大手の企業は完全にダメで。最終的には個人でお金を持っておられる、不動産関係が多かったですね。結局1000人以上の方々に、お会いしました。

---1000人はすごいですね。

朝まで飲んで、何回も何回も飲んで。『で、今井君は何が言いたいんだ』って話になって。『自分は特攻隊の人たちが、クレイジーだったんじゃなくて、戦争というものが狂っていたんだ』と。取材で元特攻隊員の方々にお会いした時も感じたんですけれども、本当にエリートの頭のいい、礼儀正しい方々が、天皇陛下万歳なんて誰も言わずに、母ちゃん守りたいって、ほとんどの方がそう言っていて。なんだかすごく普通の人たちが突っ込んだ。現代の人たちは特攻隊っていうと無駄死にだって言うけど、それは違うんだと。

---特攻隊というのは、そういうイメージがありますよね。
しかし全然そうじゃなかった。この時代は体張って父ちゃん母ちゃんを守るってやってたのに、現代は、父ちゃん母ちゃんを殺すヤツもいる。あと9・11のテロを神風アタックと書かれたことに対して、マスコミも政府も誰もクレームつけなかった。あんな攻撃もできないところに突っ込んで、乗客に子供もいただろうし女性もいただろうし、何の罪もない人たちがいたのに、それを巻き添えにして。それを神風アタックなんて書かれて僕は悔しいですって。それをとにかく違うんだと、これを訴えてるんですって言ったら、分かったと言ってくれる方がおられて…。



---セリフが英語で統一されていますが、これはどのように決めたのでしょうか?
世界中の人たちに見てもらいたいというのがあったので、字幕ではなく英語を使うというのは最初から決めてました。たとえ誰に批判されてもね。2年くらいの間は先生を雇って練習していました。

---撮影期間はどのくらいだったのですか。
約2カ月です。着手は02年の4月からですから約4年。

---映画では、舞台が日本とアメリカですけれども、今井さんは、日本のどういった部分に愛着を感じていますか。
ひとつに繊細さがありますね。まず旨味という言葉があるのが日本だけだと思うんです。また手先が器用な部分。コンピューターではできないくらいの小さなものを削っていくんですよ、日本人の手は。日本人の手作業でしかできないものが、この世の中にあるんです。そのぐらい優秀なんですよ。

バブルが弾けようが、円高になろうが、日本人はそこが強い。あと海外に行くと特に思うんだけど、日本車は壊れない。そして低燃費。これも素晴らしい。あと日本人のいいところは、礼儀正しいところだと思います。今は段々なくなってきちゃってるね。やっぱり僕は、ちゃんと国際人として教えていくべきだと思う。そういう文化の中で育った日本人の心を大事にして、日本人は優秀なんだよと教えなきゃ。学校教育の中でもっと育んで、愛国心を持って欲しいですね。自分の国に対して、誇りを持つのは、当たり前だと思うしね。

---世界を視野に置いた、今後の活動はどうなるのでしょうか?
ただ思っているのは、どうしてか日本という国が映画という文化について金をかけない。道路も使わせてくれない。撮影もできない。ところが韓国はOKだし、アメリカなんて警察が車止めしてくれますからね。しかし日本だと僕らが撮影していると110番されて警察に追いかけられて(笑)。向こうは60億人を相手にしてるって言うんですから、国レベルで意識が違いますよ。

---確かに。どこいってもアメリカ映画は上映されてますよね。
しかし日本映画は全然ない…。今の日本の映画のシステムでは、政治を変えない限り、ムリなんです。

---日本の文化の発展は遅い。地球規模で日本を世界にアピールする、という意味で伝わりやすいのは映画だと思います。
そういう面ではハリウッドっていうところは羨ましいですね。もし日本も世界市場で生きるということになれば、日本人は技術もすごいし細かいし。悲しいかな、ハリウッドのカメラから何からメイドインジャパンですよ。ソニーにしろパナソニックにしろ。しかし映画を作る人というのは、出ることができない。

僕がやって、どこまで変わるかは、分からないけれど、本当はもっと同じような人がたちが、いっぱい出てきてくれることを望んでいます。だから僕はハリウッドに憧れているというよりも、一人でも多くの方たちに見てもらいたいと。映画を一人でも多くの方たちに見てもらいたい。で、こうやって僕が出て行ったら日本の映画界の人も笑っているだけでしょう。応援もしてくれないで、笑うだけでしょう。でもいいですよ。僕は個人として20年30年やる中で世界の人たちに観てもらいたいと思っています。


---自分の才能とか可能性を伸ばすために、大事なものは何でしょうか?
フリーターって大人が非難しますけどね、たくさんいろんな職業で経験を積むのはいいことだよ。僕も売れない頃にレストランで働いたりとか、寿司屋さんだったりとか、カラオケスナックで働いたりとか、いっぱいあったけども、いろいろ体験できたからね。

---やり切るコツというのはなんでしょうか。

自分に目標があるかどうかだね。だから日本人に生まれてきて、贅沢なことは何かというと、夢を持てるということですよ。だって動物は夢を持てないし、貧乏な国の人たちは食べるのに精一杯ですよね、裕福な国の人と比べて。神様というものが本当にいて、感謝をするならば、中学校1年生の10月に、ある映画を見て『オレは俳優になろう』と夢が見えたことが幸せだった。だから夢を追うことが全然苦痛じゃない。そのためにはバイトもしなくちゃいけない。なんでこんなとこでアホみたいにスパゲティー茹でてんだろうって、そこで終わっちゃうと本当にアホみたいだけど、夢があれば、将来スパゲティー屋やるんだとか、広がっていくからね。

---パワーの原点を挙げるとしたら。

一つ言えることは…他の人たちは分からないですけれど…『怒り』ですね。夢があるから、それに近づくための…近づけない『怒り』です。アジア人が汚いとか、海外に出すとアジア人の映画を観たくないと言われて、ムカーッときて『見た目は汚いけれど、スピリットがビューティフルなんだよ!』そういったものがすごいありますね。それが今でも僕は強い。

この間、4月にアメリカに映画持ってって…内容のことで言われるならまだいいですよ。だけど、アジア人を見たくないなんてさ! この前もマネージャーがカンヌに持っていってね。『なんでこんなに大げさに力入れて演技するの?』って。でも『いいじゃねぇか。これがオレのやり方なんだ』って。

確かにヨーロッパは起承転結のないまま、スーッと流れていくような映画が多い。それはそれでいいし、そういう風に内容で言われるんなら、まだ、それは合わなかったんですねって、なるんだけれど。でもアジア人だからだとか、日本人なんか海外に向けた映画作るんじゃねぇとか、そんなこと言われると、腹が立ってね。

僕の夢は、一人でも多くの方に、見てもらいたいというのがあるので、そこから全て始まってますね。だから『怒り』があるから映画も自分で作っちゃうんだ。アジア人の映画なんて面白くない。見たくない。これでまたオレに火が点くわけですよ。クソーッ!!って。確かに落ち込みますよ。サンタモニカのホテルに泊まって、ホテルに帰って落ち込んで、でもクソーッと思えた。そういう怒りですね。怒りが、夢を促進させるエネルギーに変わるんですよ…。
INFORMATION
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舞台&映画「THE WINDS OF GOD」

88年の初演以来、今年で18年目を迎える舞台「THE WINDS OF GOD」。
俳優・今井雅之自ら原作・脚本・演出を手掛け出演を務める本作、昨年、同名のドラマが放送され、今年、遂に待望の映画公開が決定した。
日本人キャストが全編英語で演じる、世界初の映画撮影となったグランドゼロでのロケ、世界で唯一現存する零戦を飛ばすなど渾身の力作は公開前から話題を集めている。

○舞台「THE WINDS OF GOD〜零のかなたへ〜」

原作・脚本・演出/今井雅之

出演/今井雅之・松本匠・田中伸一・岡安泰樹・重松隆志・野元学二・最所美咲・田崎那奈

東京公演 8月16日〜20日 全労災ホール・スペースゼロ

地方公演は8月11日の鹿児島・霧島のグリーン文化ホールみそめ館から11月5日の沖縄・那覇のパレット市民劇場まで35公演


○映画「THE WINDS OF GOD〜KAMIKAZE〜」

脚本・監督/今井雅之

出演/今井雅之・松本匠・田中伸一・ニコラス・ペタス・渡辺裕之・千葉真一ほか

8月下旬からシネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

問い合わせ/エル・カンパニー
→http://www.ceres.dti.ne.jp/~elle-co/


PROFILE

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今井雅之(いまい・まさゆき)
1961年4月21日生まれ。兵庫県出身。45歳。
陸上自衛隊を経て、86年に法政大学文学部英文学科を卒業。
「MONKEY」(演出/奈良橋陽子)で舞台デビュー、87年にはNHK「婚約」でテレビデビューを果たす。
91年に舞台「THE WINDS OF GOD」をロサンゼルスにて英語で公演。同年の文化庁主催芸術祭において史上初の原作・脚本・演技の3役で受賞。
93年には国際連合作家協会芸術祭を受賞する。
99年秋、自ら中心となって結成したエルカンパニーがプロデュースした同作で日本人として初めてブロードウェー長期公演を成功させた。

映画界においても95年に、「静かな生活」で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞、04年には「SUPPINぶるうす ザ・ムービー」(主演・原作・脚本)で映画監督デビューをするなどテレビ・映画・舞台など様々な分野で活躍中。



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