目に見えぬ貧困“現代のホームレス”ネットカフェ難民の体験談・後編「寮完備の仕事」

■勇二さんはいかにしてネットカフェ難民から脱出したのか?

前編に続き、平成30年1月に東京都から発表された、“住居が無くインターネットカフェや漫画喫茶などを寝泊まりのために利用している人”いわゆるネットカフェ難民に対するアンケート調査結果について、さらに考察を進める。※東京都『住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書』

2年以上の期間をネットカフェ難民として過ごした経験を持つ34歳の男性、勇二さん(仮名)の体験談を続けよう。

勇二さんはいかにしてネットカフェ難民から脱出したのか?高収入求人ドカント

■長く働ける仕事、そして家賃無料の住まいがあること。

「希望条件は、1、2週間の日雇いのアルバイトではなく、長期で働ける仕事。少なくとも半年先や1年先も続けられる仕事を探しました。そしてがあること、しかも家賃無料で……贅沢ですかね?たしかに資格も学歴もない30歳越えた男で、さらにネカフェ暮らしの住所不定ときてますからね……住み込みのパチンコ店スタッフや、新聞配達員も断られました」

「やっぱり日雇いのアルバイトしかないのか……と思ってた時に、ネットカフェのホームページの広告に出てた、ドカントで今働いている風俗店の求人を見つけました(笑)」

・費完備(家賃無料)
・家具家電付き個室寮あり
・即入居が可能
・年齢や経歴は不問
・日払い可能
・食事代補助
・体ひとつでスタートできます!

そのお店の求人情報には、沈んでいた勇二さんの心を躍らせる待遇が記載されていた。

「これだ!って思いましたよ。風俗の仕事はまったく頭になかったので盲点でした。あせっていたから深夜の12時近くに速攻で電話しました」

こうして勇二さんは現在働いている、吉原のソープランドA店(仮名)へとたどり着いた。

「その電話で面接予約をしましたが、よく考えたらソープランドの男性従業員の仕事がまったくわからない。風俗遊びはあまり経験がなかったから……そもそも吉原ってどうやって行くんだ?とか(笑)」

「だけど“面接に行けば千円プレゼント”ってドカントに出てたから、面接だけでもって……」

■吉原・ソープランドA店の男性スタッフ募集条件とは…。

勇二さんが働き始めたA店の募集要項は以下のとおりであった。

資格:20歳以上※普通運転免許必要
給与:月給28万円スタート
時間:午前10時から翌1時の間でシフト制※実働10時間勤務
休日:週1日※3ヵ月目から月7日の休日
待遇:お店の近くの家具家電付きワンルームマンション寮に無料で入居可能。
   日払い希望者には日額5千円まで支給。残りは給料日に支払。

「実働時間が10時間で週休1日、一見きつそうですけど、家賃無料に入れたり、日払いで給料がもらえたり、当時は本当にありがたかった」

風俗店に不慣れで、吉原の場所さえわからなかった勇二さん。
ソープランドの男性従業員といえば、パンチパーマにダブルのスーツ強面のイカつい人が出てくるのでは?と勝手に想像していたが、面接には40代半ばの一般企業の部長さん然とした落ち着いた男性が現れて逆に驚いたという。

「男性従業員の面接なのに、応接室に通されておしぼりやコーヒー、お菓子まで出てくる。面接担当の方がすごく丁寧に業界の説明をしてくれたので、『これならやれる』って安心できました。昔働いてた不動産屋のほうがよっぽどヤバかったです(笑)」

「うれしかったのは面接でいろいろ詮索されなかったこと。『ネットカフェで生活しているので寮に入りたい』と言っても、『大丈夫ですよ』と即答してもらえました」

これまで勇二さんが求職活動をしてきた会社では、現住所を書けない時点で不採用になるケースも多かった。
勇二さんはA店での面接時に、これまでの自分の境遇や長く働きたいという希望、目標とする貯金額まで自分の気持ちを正直に伝えた。

そして、無事その場で採用が決まった

「最初の出勤日に『新しい布団セットを買いに行こう』って、お店の先輩が買い出し(布団はスタッフが入寮するたびに買い替える)の手伝いに来てくれて……あの時の救われた気持ちは今でも忘れられない。ずっとネカフェ暮らしで日雇いの生活だったから、他人からの気づかいが身にしみました」

■そして勇二さんは、吉原ソープの従業員となった。

何とかネットカフェ難民を脱出できたとはいえ、仕事が続かなければ元の木阿弥である。実際にソープランドの仕事はどのようなものだろうか?

「正直、仕事は大変です、特に最初の頃は……自分は午後1時から翌1時までの12時間勤務で、休憩2時間10時間労働。仕事内容は個室の清掃に始まり、買い出しや雑用全般をこなします。4階建ての店ですけど男子はエレベーター使用NG。だから重たいタオルを抱えて階段を走りっ放し」

「働き始めて3ヵ月位は本当にきつかった。部屋に帰ったらバタンキュー。休日も疲れているのでひたすら寝てました。おかげでパチンコへの興味もわきません。毎日店と寮を往復するだけの生活でしたね」

それではネットカフェ難民時代と、あまり変わらないのではないか?と問う。

「いや、全然違います。疲れとストレスは溜まりますけど、周りの先輩スタッフがいろいろとフォローしてくれますから。仕事も丁寧に教えてくれるし、仕事が終わったあとに飲みに連れて行ってくれたりとか……1日2回のまかない(食事)付きだし、家賃も無料なのでお金を使わない(笑)」

上司や周りの人間関係に助けられ、一番大変な新人スタッフ時代の数ヵ月を乗り切れた。

「3ヵ月ほど働くと、休日が月7日~8日に増えたり、勤務時間も多少短くなります。もちろん昇給が早い業界だからやりがいを感じます」

「吉原は勉強になることが多いです。この商売は究極の接客業だと思ってます。お店がプロデュースした女性の魅力を売る商売ですから、男子従業員も生半可な気持ちで仕事をするのは失礼なんです」

「新人時代にきつい仕事を経験するのも、『この商売をなめたらダメだ』という教えだと思います。お客様はキャバクラやヘルスとか他の風俗店で遊ぶよりも高額の料金を払うわけですから、女性コンパニオンも満足してもらうために誠心誠意のサービスを提供します。当然、男子スタッフも、お客様を車で駅に迎えに行く時から送り出す間まで、少しのも見せてはいけない世界だと思ってます」

吉原のソープランドで働き始めて2年ほど……勇二さんの発言に説得力を感じる。

「いやいや、自分なんてまだまだ小僧です。ウチのお店は良い会社なので従業員の勤続年数が長いんです。十年選手がザラにいますから、いまだに何かと怒られてます(笑)」

■吉原ソープ・勤務歴2年。現在のお給料は?

「1年目で月給33万円、2年目に主任になって月給36万円です。その他に賞与年3回支給されます。あとは不定期ですが大入り手当も貰えます」

今もまだに住んでいるのだろうか?
「いや、1年半くらいで寮から出ました。2年目からは3万円の寮費が発生するので……店の紹介で敷金礼金無料で近所に自分の部屋を借りました

「寮といえば、入寮希望の新人が入社したときの新しい布団セットの買い出しは自分が手伝ってます」

このように、吉原のソープランドで活路を見いだし無事ネットカフェ難民から脱却した勇二さん。
今のところはとても順調そうである。

吉原に限らず、風俗業界では女性コンパニオンに高待遇な条件を提示するのは当然だが、近年では男性従業員にも給与面福利厚生面に至るまで、一般企業と比べても見劣りしない好待遇で募集をしているお店(会社)も多い。
勇二さんのケースも、まさにそのとおりだろう。
ネットカフェ暮らしで住所もなく日雇い仕事を転々としていた男性を、家賃無料社員寮に入居させてくれる企業がどれだけあるだろうか……

ともすると色眼鏡で見られがちな風俗業界ではあるが、昔から複雑な事情やトラブルを抱えた女性や貧困に苦しむ男性の、駆け込み寺的な役割を果たしてきた事実もある。
たとえそれが一時的であっても、社会から行き場をなくした人々を来る者を拒まない姿勢で受け入れる場所があることが、今の世の中では重要ではないだろうか。

そして、勇二さん。これからの目標は何なのだろうか。

「一番の目標は子供に会うこと。今まで何もしてあげてないから、何か買ってあげたいですね。将来は自分の店を持ちたい。いや風俗じゃなくて、居酒屋とか……これからもひたすら貯金ですね」

2年前、お金がないという現実が、どれだけ人を追いつめるものか……身をもって経験したから出る言葉だろう。

「ネットカフェ難民から抜け出して良かったこと?ちょっと先のことを考えられるようになりました。半年後までにいくら貯金しようとか、来年には後輩を育てて出世したいとか……ネカフェ難民の頃はその日生きるだけで精一杯でしたから。結局、日雇いのままで部屋を借りてたらやばかったと思います、速攻で金銭的に破綻してましたね。やっぱり安定した仕事が第一歩でした」