仕事情報誌ドカント

イッセー尾形 イッセー尾形
 一人芝居という独特のスタイルを貫き、国内を脱出してロンドンやベルリンなど、海外公演も評価を得るイッセー尾形だが、村上春樹の小説を基にした、市川準監督の最新作「トニー滝谷」に主演。一人二役を演じ、宮沢りえとの共演も見どころだ。
緊張したステージワークとは違い、インタビュー中の素顔はとてもフレンドリーで真摯。聞き手の口調すらも滑らかにしてくれる。

INTERVIEW /前田裕子 PHOTO/谷口達郎

---イッセー尾形さん主演の「トニー滝谷」が公開中ですが、村上春樹さんの小説を作品のオファーがくるずっと前に読んでいたとか。
変わった短編だなという印象がありました。独特の寓話が散りばめられた作品でも、少年期の感受性が満載されたものでもないし。

---題名にもインパクトがありますね。
村上さんが米国人の愛称みたいな”トニー”と”滝谷”という、ありそうでない漢字名を組み合わせた違和感と、父親が息子にトニーという名前をつけた不思議さが浮かんできました。あと、父親が親として息子に与えたのが名前だけ、という設定も妙に面白かったですね。

---改めて読み返してみると、どのような感想を。
洋服という外側がなくなると死んでしまう、小説のモチーフに惹かれました。自分の一人芝居はカツラやメガネという、外側を固める作業から始めるので、最愛の妻が残した服を別の女性に着せようとする衝動はよく分かります。

---共感する部分が多い作品でしたか。
主人公の職業はイラストレーターなんですが、細密画にのめり込む姿に共感を覚えましたね。僕の芝居はアドリブではなく、すべての言葉を原稿に起こしてから演じるんです。
なので、芝居の稽古といってもほとんどの時間はワープロに向かっているという、細かい作業の連続で。それを30年もやってるから、細密画を描くというイメージはかなり色濃くありました。

---今回の作品は市川準監督ですが、出演を決めた理由は何でしょうか。
監督から直接オファーがあったんです。もう20年来のおつき合いで、何回か監督の作品に出演したこともあって。僕の演技法は顔を作ったりするので、オーバーな演技に見えてしまう部分があるんですが、僕の傾向を知り尽くしている監督が、メインにキャスティングしてくれたのは、並々ならぬ決意だったんじゃないかと。その気持ちに答えたいと思いました。

---監督がいうイッセーさんの印象とは?
わりと無口で物静かに佇んでいるというイメージみたいです。芝居の合間のフッとした瞬間に、誰とも口をきかないでボーッとしてるところが、監督自身と似ている部分があるらしくて、シンパシーを感じてくれたんじゃないかな。

---演技に関して監督からのアドバイスは。
普段のイッセーさんで撮りたいという、漠然としたものでした。だから作りすぎてはいけなかったので、そこが難しかったですね。

---今回は一人二役ですが、どのように役作りを。
親子の役だったので、別々にならないように似せる工夫はしました。普段は一人で何役もこなしているから、二役を演じる難しさは全くなかった。でも何もしないでカメラの前に立つのに慣れてなくて、監督が撮り終えたシーンをモニターで必ず確認させてくれました。

---この作品は孤独感がテーマになっていますが、画面で確認したときの印象はどうでしたか。
演技が大きすぎる気がしました。何もしないのに主人公が感じたり、思ったりしたことが画面から滲み出てくるという感じにしたかったので。意図していないように演技をしなければいけない、すごくデリケートな映画なんです。

---孤独感を出すために工夫したことは。
とにかく作為的にならないようにと。例えば、一人で食事をしていて、食べ残した豆腐を冷蔵庫にしまいに行くシーンがありましたが、冷蔵庫の扉を開けた途端に上を仰ぎ見る芝居をしたら、監督が気に入ってくれたんです。しまおうか、捨てようか迷ってるように見えたんだと思います。

でも、次のテイクで同じことをすると、上を仰ぎ見ることをあらかじめ知ってる芝居になってしまう。演技をしながらしていないようにするのは、本当に難しかったですね。

---共演の宮沢りえさんも一人二役ですが。
演技をしないように演技をするということを難なくこなしていたので、参考になりましたね。それに彼女は外見を変えずに中身の違う人間を演じてしまう。 これは才能なんだなと思うしかありませんでした。僕は意図しているものと意図してないものの隙間ってうんと少ないものだと思ってたんですが、その間にとても豊かなものがあると気づかせてくれた。この発見に勇気を得て、チャレンジしてみようと思いました。

---宮沢さんは洋服にこだわりを持つ役ですね。
本作の第二のテーマが洋服だと思います。人間の中身はあまりにも希薄すぎてとらえどころがないので、目に見える確かなものを糧に生活していけばいいんだっていう、純粋理論をそのまま実生活に生かしちゃった感じですね。

---クローゼットの洋服に顔を埋めるシーンがありますが、最初から設定にあったんですか。
台本はすごく薄っぺらかったんです。あのシーンも”洋服に顔を埋めるトニー”くらいしか指示がなくて。現場ではどういう演技がこの作品に合うのかいつも模索して、監督に提示してました。彼女を包んでいた手触りのあるものにひかれていく、はっきりした抜け殻に近寄っていくという、現場で発見した芝居ですね。

---相手がいるという実感を外側で保とうとする作品のテーマが現れてますよね。
僕もこの主題と同じ経験をしたことがあって。唯一、舞台での相手役である桃井かおりさんに”イッセーさんは私が死んでも悲しまない。別の相手役と舞台に立ったときに、桃井かおりが亡くなったと感じるに違いない。そのときまで喪失感が持てない人よ”といわれたことがあるんです。

つまり、代わりの人が現れるまで相手がいなくなった実感がない。これは作品に出ることを予言したような言葉ですし、ある意味、僕もトニー滝谷的な部分を持ってるのかと。

---試写をご覧になっていかがでしたか。
監督がこの小説をよくぞ映画化したなと思いましたね。そのチャレンジ精神に感動しました。いうならば”心が動かない恋愛映画”ですから。宮沢さんが”作品を見終わったあとはなかなか言葉が出てこないけど、しばらくたってジワッと感動が湧いてくる”といったように、見るかたも同じような感想だと思うんです。 いろんな言葉が浮かんでは消えを繰り返し、水面に出そうで出ないっていう。その言葉を模索しようとすること、それがトニー滝谷が持ってる一番大きな力なんじゃないかと思います。



---俳優を目指したきっかけは何でしょうか。
これという動機はなく、ある日突然に思い立って、無試験で入れる演劇養成所を見つけたんです。新宿にあったアクターズスタジオというところでした。思えば、簡単に入れる演劇への道を見つけてしまったことが、俳優を目指した一番大きな理由だったのかもしれません。

---子供の頃から、役者になりたいという大志を抱いてたわけでもなかったと。
そうですね。なりたかった職業は美術の先生だったので大学を受験したんですけど、失敗してしまって。結婚して子供が生まれたら食べていけずに、建築現場で働いたこともありました。

---肉体労働をされていたとは意外でした。
仕事の合間に職人さんたちのモノマネ的な演技術なるものを、のちの相棒になる演出家と一緒に、ヘルメットを傍らに置いてやってました。それが今のスタイルを作った基ともいえます。

---その頃、目指していた俳優はいましたか?
なんとなく演技の道に入ってしまったので、そんな立派な目標もなかったんじゃないかと。

---養成所を出たあと、当時はアングラ劇場と呼ばれていた自由劇場に入りました。
出たというか養成所が閉校になっちゃったんです。そこで出会った演出家の森田雄三が自由劇場に入ったのでついていきました。 僕には分からなかったんですが、何か繋がりがあってどうやら面倒を見てくれるらしいというナマイキな態度だったみたいです。多分、森田が入団を説得してくれたんじゃないかと思います。

---自由劇場を出た理由は何でしょうか。
森田が辞めて森田塾を旗揚げしたので、ついていったという感じです。その頃から自分たちなりの演劇というものが生まれたんじゃないかと。でもこの塾もしばらくたって解散しちゃいました。 いい機会だと思ったので、芝居よりも食べていくことが大切なんだと自分にいい聞かせ、いったん演劇の世界から足を洗ったんです。

---演劇界に復活した経緯は?
森田と現場で再会して、芝居の世界に戻ることを説得されたんです。それから彼が演出し、僕が演じるというスタイルができあがりました。どうやら彼は何が一人でできるかわからないけど、何かができるはずだと信じていたようです。未だに謎の信念なんですけど(笑)。

---一人芝居という形を取った理由は何ですか。
それは現代のテーマだからそういう手法を取ってるんです。今はどうやって他人といろんな瞬間をわかちあっていこうかという方法論がなくなってしまった時代でしょ。 一人というのは現代を扱うときに外せないテーマだと思うので。フリーターが多いというのもちゃんとした企業に入ったらいい人生が送れるんだっていう神話が崩れてしまったからですよね。


---挫折を感じたことはありますか。
何度もあります。ふてくされてみたり、森田に”だったらお前がやってみろ”と毒づいたこともありました。あるとき、煮詰まると眠くなることに気づいたんです。

本当は寝てなんかいられないんですが、仮眠を取るとなんとか乗り越えていけることに気づきました(笑)。

---挫折を越えて何年も独特の演技法を貫いてますが、演じるときに心がけることは何ですか?
お客さんからどう見えているのかということです。相手からの視点を持ち得ればいい演技ができるし、自然と感情や感覚が生まれてくるはず。自分の気持ちはなかなか他人に伝わらないので、感情移入してもダメじゃないかな。

---お客さんの立場に立つために工夫することは。
分かりやすく見せることですね。例えば悲しいシーンがあるとする。感情移入しているから涙を流すのではなく、涙を流しているから悲しいんだとお客さんに分かってもらうんです。

---その戦法を軸に、現在はロンドンやベルリンなど、海外公演も定期的に行っています。
一人の役者が何人も演じることが、海外の取材でも取り上げられます。何かの定説を大きく覆すことなのかもしれませんね。

---海外、国内を含めて年間で120ステージもこなしてらっしゃいますが、多くの場数を踏んで、仕事での達成感を感じたことはありますか。
なかなかないですね。多分、達成感や満足感で仕事を進めるタイプじゃないんでしょう。

---イッセーさんの仕事観というものは?
何かが足りないとか、もっとやらなきゃという気持ちですね。端から見れば何もそこまでと思うかもしれませんが、ここまでやれば十分じゃないかという尺度はないみたい。いつも欠如してるんじゃないかと思うし、そこを埋めていくんだという気持ちが強い。

この年になると埋められないものを埋めていこうとするバカさ加減に気づいてきてるんだけど(笑)。でも、無い物ねだりをすることが好きなんじゃないかな。

---終着駅が見えない仕事ですね。形のある職業ではないので、完成形が見えないというか。
常にスタート地点に立っている気がします。ライブも初日から2日目、3日目は違う形になってる。いつだってその日には完成はするんですけど、完成した途端にあそこはこうすればよかったという思いが生まれるんですね。

それを次回に実行するとまたアイデアが生まれてくるから、アイデアが枯渇することはない。僕たちの仕事はいつまでも作り直しができるんです。

---これからやっていきたいことは何でしょうか。
他人、自分も含めてすでにやっていることに興味はないし、手垢のついたものを再度やる必要はない。物作りってそういうものだと思います。

だから今までいろんな人が演じてきたけど、未だに演じきれてない役とか、これは無理だろうという役にチャレンジしていきたい。新鮮な部分を模索して行きたいと思います。
INFORMATION
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「トニー滝谷」
テアトル新宿、ユーロスペースにて公開中
2月19日(土)より 大阪:テアトル梅田ほか全国順次公開

大切なひとを失う“切なさ”と、ひとを愛する“喜び”

STORY
トニー滝谷の名前は本当にトニー滝谷だった。ずっと孤独でも平気だったトニーはひとりの女性のことが大好きになってしまう。やっと出会った最愛の人。でも幸福はあっという間に彼の手の間をすり抜け、思い出の数々さえ薄れていく。ただ、すべてを失った彼の前で、涙を流したひとりの女性をトニーを忘れることはできなかった。

監督・脚本/市川準
村上春樹「トニー滝谷」より
(文藝春秋「レキシントンの幽霊」所収)
出演/イッセー尾形 宮沢りえ 
ナレーション/西島秀俊
音楽/坂本龍一
撮影/広川泰士

第57回ロカルノ国際映画祭[審査員特別賞、国際批評家連盟賞、ヤング審査員賞]トリプル受賞


PROFILE

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イッセー尾形(いっせー・おがた)

1952年生まれ、福岡県出身。
1971年、新宿アクターズスタジオに入学。その後、自由劇場、森田塾を経て80年から一人芝居を始める。

「お笑いスター誕生」の出演をきっかけに一気に全国区へ。
「都市生活カタログ」「とまらない生活」シリーズで創作したネタは400を超える。

1992年から国内各都市の公演をスタート、1993年ニューヨークで初の海外公演を経験。

国内では年間に120ステージ以上、同時にロンドン、ミュンヘン、ベルリンを拠点とした海外公演を毎年定期的に行う。また、一人芝居だけでなく、映画、小説、イラストにもその才能を発揮している。

公式HP
http://www.issey-ogata.net/



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