清野茂樹 広島のFM局出身!プロレスの人気実況アナが“イズム”受け継ぎ実況道を往く

 プロレス・格闘技の実況アナとして知られる清野茂樹さんは、もともと広島のFM局出身。プロレスへの思いが高じて単身、上京してきたという経歴の持ち主だ。新日本、WWE、UFCと〝3大メジャー〟実況も成し遂げた清野さん。古舘伊知郎イズムを受け継がんとする、その〝実況道〟とは?

『広島のFM局からプロレス実況へ古舘イズムで「実況をエンターテインメントに」』

人に知られていない物事を実況の力で輝かせるのが理想

──広島のFM局からプロレスの実況がやりたくて上京というのは、かなり思い切りがいりますよね?
「プロレス実況をやりたいのと、会社の中では〝次はプロデューサー〟っていう状況だったので。それは嫌だな、やりたいことやるなら東京だなって」

──いま思うと地方局での経験はどうでしたか。
「最初は嫌でした。広島は縁もゆかりもない場所でしたし。でも地方局は、野球でいう打席が回ってくる。僕も早い時期にクリーンナップを任せてもらえて、経験を積むことができましたね。東京のキー局では、若手が自分の番組を持って、矢沢(永吉)さんにインタビューするなんて無理でしょうね」

──上京する時には、何かツテとかプランはあったんですか?
「特に考えてなかったというか(笑)広島時代に東京での仕事を決めたかったけど移動だけでも大変だし、だったら東京に潜伏してしまおうと。いま思うとメチャクチャですけど」

──当時は格闘技ブームで、プロレスは下火でしたよね。
「食えるか食えないか分からないけどやるしかないなって。そこは僕も矢沢さんが好きなので(笑)」

──そんな中、清野さんは格闘技の実況をされることも多いですよね。
「もともと格闘技実況もやりたかったんですけど、最初は全然できなかったですね。プロレスにはそれぞれ得意の動きがあって予測できるんですけど、格闘技は展開が読めない。解説者への質問もヘタでした。でも格闘技の実況もやりがいがありますね」

──新日本プロレスに加えてUFC、WWEというアメリカのメジャー団体も実況されて、見事なステップアップ。上京した時にやりたかったことはできてますよね。
「おおむね路線は外れてないですね。でもまだまだです。アホみたいな話ですけど、僕は古舘(伊知郎)さんがお手本なので、古舘さんがやってきたことをやりたいんですよ」

──プロレス実況から始まって……。
「そのスタイルをいろんなものに広めていって、という」

──伝説のトークライブ『トーキングブルース』もあります。
「そういう意味では、行きたいところにまだ届いてないんですよ。テーマは実況をエンターテインメントにすること。それが古舘さんがやってきたことだし、後にも先にも、それをやった人がいないんですよね。だから次は自分がやりたいと」

──それだけ清野さんにとって、突出した存在なんですね。
「実況を作品というか芸術にまでした人ですよね。制作の現場でも、いまだに〝古舘さんっぽくお願いします〟とて言われますし。どんどんフレーズを作ってどんどん煽っていくスタイルが新しかった。それと言葉数。テレビの言葉数じゃなくラジオなんですよ。テレビは〝ご覧のように〟でいいですけど、ラジオは言葉で伝えないといけない。古舘さんも〝猪木が険しい表情で入ってまいりました。朱色のロングガウンの背中には……〟と描写している。色も表現するんですね」

──清野さんも自分の実況スタイルを作っていきたいと。
「清野節を作らないと。でもプロレス実況は選手第一、出しゃばらないようにと思ってますね。ファンでもあるし、プロレスは壊せない」

──じゃあ古舘さんのF1じゃないですけど、違うジャンルですか。
「NHKで『ニッポン知らなかった選手権 実況中!』という番組がありまして。レスキュー隊とかとび職、いろんな業界のコンテストを実況した番組はやりがいがありましたね。専門的なコンテストだから普通に映してるだけでは一般の人には伝わらない。それをいかに面白く伝えるかに実況のテクニックが出るんですよ。だから人に知られていない物事を、実況の力で輝かせるのが理想なのかもしれない」

──まさに〝実況の力〟が出ますよね。
「普通の人は〝好きな実況アナ〟なんていないじゃないですか。サッカーの代表戦だって、誰が実況か覚えている人はほとんどいない。そういう状況を変えたいですね。実況をエンターテインメントにする、実況をジャンルとして確立する、地位を向上させる。そういうことをやりたいんです」

──昭和のプロレスで使われた言葉でいわば「市民権」ですか。
「そうです。〝対世間〟ですよね。そこは昭和・新日本バリに意識してます。だから本を出すのも、僕なりの猪木イズムなのかなって(笑)」(2019.2.16)


PROFILE
清野茂樹(きよの・しげき)
1973年、兵庫県生まれ。青山学院大学卒業後に広島エフエム放送入社。番組パーソナリティーのほか新日本プロレスで場内FM実況を担当。2006年、フリーとなって上京。プロレスだけでなく様々はジャンルの格闘技の実況やラジオ番組も。昨年『コブラツイストに愛をこめて 実況アナが見たプロレスの不思議な世界』を上梓。

公式Twitter

取材・文/橋本宗洋 撮影/熊代紀章