夜の仕事(ホスト・黒服)どっちを選ぶ?ライターはBARにいる

夜の仕事(ホスト・黒服)どっちを選ぶ?

■ここは都心の繁華街。とある雑居ビルでひっそりと営業するBAR

ここのBARだが、客の多くはこの街で働くナイトワーカー達である。
キャバクラなど多くの店が定休日としている日曜日に、
店を営業して客が集まるのかと不思議に思う。
だがマスター曰く、
この街のナイトワーカーは、近隣の賃貸マンションに住んでいることも多く、
中には働いている店が休みの日曜日に、ノンビリと飲みに来る者もいるらしい。

この日も21時頃にBARに着くと、
カウンターには数人の客が並んでいて、その中に見慣れた男が含まれていた。

「よぅ、インチキライター、久しぶりやな」

この男、日焼けした精悍な顔立ちにオールバック、
ビシッとスーツを着こなしているナイスガイ。
この街で数店舗を展開しているキャバクラグループで店長を任されているS氏だ。
出身地の関西弁を変わらず話し続けているのがトレードマークである。

このS氏は20年以上のキャバクラ稼業もあって街の裏情報に詳しく、
これまで何度か貴重な情報を提供してもらったこともあって無下には出来ない。

「最近はどうですか、調子は?」

ビールで喉を潤しながら私が発した適当な問いに、
S氏は大げさに顔をしかめながら答えた。

「全然アカン!ちょっともう、しんどいわ・・・」

「えっ、お店の悪いウワサは全然聞かないけど・・・」

それは本当だった。
するとS氏は手をひらひらと振りながら

「いやいや、客はボチボチ入ってんねんけどなぁ、とにかく人手が足りんのや。
それでも店は回さなアカンから、俺も含めてスタッフはてんてこ舞いやで!」

■最近はどこのお店も人手不足・・・!?

これは昨今、S氏の働くお店に限らず、私の取材先でも頻繁に聞く話である。
“求人サイトにお金をかけて募集広告を出しても中々人材が集まらない”
“平均的な給料で掲載しても見向きもされない”等々・・・。
どこも四苦八苦しているらしい。

「そっちもか、ホスト業界も人材難で後輩たちが苦労してるみたいなんだよな~」

と、知らぬ間に我々の前に立っていたマスターも言った。
元カリスマホストにして、今もホスト業界のご意見番を自認するマスター。
今もその人脈から話が入って来るのだろう。
しかしホストクラブでホストが不足しているとなると、
それは商品の並んでいないお店と同じ、苦労どころの騒ぎではないだろう、
まさに死活問題だ。

そして3人で昨今の人材難について論じていると入口のドアが開き、
一人の男がやってきた。

■いざ高収入の男となれ!ナイトワークの世界へ!

「ちわっす!」

やってきたのは私も何度か会ったことのある若者、ヒロシだった。

歳の頃は二十歳そこそこ。
日サロで焼いたとおぼしき色黒の肌にB系ファッションのこの男、
以前に経歴を聞いたところ、都内の中堅私大に入学するも程なく退学、
その後は実家住まいで親のスネをかじりながらバイトで遊び代を稼ぎ、
この街をウロチョロしているという。

そんな経歴を知るとこの店の常連たちは皆呆れるが、
彼の屈託のない笑顔にはどこか愛嬌があり、案外皆に可愛がられている。

そんなヒロシが私の隣の席に座ったので、
「よう、久しぶり」と声を掛けたのだが、
何故かいつもの元気がない。
おや、どうした? と思って彼の顔を見返すと、
ヒロシはマスターの方を向いて苦笑いしながら言った。

「あの~、何か仕事を紹介してもらえないですかねぇ・・・」

「おっ、どういう風の吹き回しだ? 何があった?」

マスターが問うと、

「定職にも就かずに遊び歩いてたら親が怒っちゃって、
もう家を出て行けって・・・でも出て行くにも金がないし、
この夏に遊び倒して気分的に完全燃焼したんで、
そろそろ真面目に働こうかな~なんて思って。」

「ほほぅ。」

「でも大学即中退で昼の仕事をしても、
どうせイケてないだろうなぁと思って。
それなら夜の世界で成り上がったろうかなぁと思って。ハッハッ」

ふん、何が成り上がったろうだよ・・・、
と私がマスターとS氏の方に向き直ると、
二人の視線が異様に熱くなっていることに気付いた。
えっ!?
そしてそれに驚く間もなく二人が身を乗り出して同時に声を上げた

「ホストやらねえか!」

「キャバクラで働かへんか!」

二人は同時に声を声を上げた後、視線をバチバチやりあっている。
マスターは人手不足で困っている後輩に紹介したいのだろうし、
S氏も同じく人手不足の自分の店に入れたいのだろう。
ここは一つ、利害関係のない私が仲裁しなければなるまい。

「まあまあ、とりあえずヒロシはマスターに相談に来たんだし、
まずはマスターからアピール、次にSさんという順番にしましょうよ。」

私がそう言うと、マスターはニンマリと笑いながら何度も頷き、
S氏も不承不承ながら同意した。

こうして二人のアピール合戦が始まった。

■アピール① ホストの仕事。


「ヒロシ、お前“成り上がりたい”って言ったよな!」

「うっス」

「じゃあホストだよ、絶対に!」

自信たっぷりにマスターはそう言った。

「確かに、ホストって羽振りのいいイメージがあるんスけど、そんなに儲かるモンなんスか?」

「おう、儲かるぞ! なぜかって? 
それはホストの給料ってのは歩合だからだよ、歩合給。わかるよな?」

「いや、ちょっとわからないス・・・」

■ホストは歩合給。売上次第で収入アップ!

「お前、この界隈をウロチョロしてて、そんな事も知らないのかよ。
バイトしてると時給とか日給で給料がもらえるだろ? 
あれは1時間いくら、1日でいくらって形で、
働いた時間に応じて給料の金額が決まるって事だよな?」

「はい、それはわかります」

「ホストの給料ってのはそうじゃなくて、
どれだけ売上を達成したかで給料額が決まる『成果報酬型』の給与体系なんだよ。
だからガンガン売上を上げりゃあ、ガッポガッポ稼げんだよ!」

「そりゃあいいっスね!」

「だろ? もう少し詳しく話すと、
ホストの給料は売上に対する歩合の割合、
これを“バック率”っていうんだけど、
だいたいこれが40~60%くらい。
バック率に幅があるのは、例えば売上10万とか20万だと40%だけど、
100万を超えると60%になるって感じのスライド制になってて、
売上の金額を上げるほど、更に稼げるシステムになってるからなんだよ」

そう言ってマスターはホストの収入例を示した。

売上200万円×歩合(バック率)60%→120万円

「おおお、こりゃあ凄いっすね! 月給100万円越え!」

ヒロシが歓声を上げると、

「ふん・・・、そんなに貰えるのなんてほんの一握りだよ・・・」

という呟き声が聞こえてきた。S氏だ。

「ちょっとアンタ、黙っててくれねぇかなぁ・・・」

マスターが怒りの声をあげるも、ヒロシにもその呟きが聞こえたらしく、
すっかり弱気になって呟いた。

「でも・・・、売上に対する歩合ってことは、
売上がなければ給料が貰えないってことっスよね・・・?」

そんなヒロシを見てマスターは慌てて手を振り、

「いやいや大丈夫! 
新人がいきなり売上をバンバン上げるのは難しいだろ? 
だから“最低保証”という制度があってな、
売上がなくても15万~20万は貰えるようになってるから」

「そうなんスか!じゃあ売上がなくても給料ゼロってことはないんスね」

「そう、だから安心して仕事を始められるぞ!」

ヒロシに元気が戻ってマスターも一安心だ。

「でも最低保証って“期限”があるんやなかったっけ~?」

とまたまたS氏が意地悪く呟く。

「だからアンタは黙ってろよ!」

と、もう店の人間と客という関係を忘れてしまっているマスター・・・。

「まあ・・・、最低保証は“最初の何ヶ月間”とか決まってる店も多いけど・・・。
というかヒロシ、お前は夜の世界で成り上がるんだろ?
最低保証なんてアテにしなくても大丈夫だよ!」

「は、はい・・・」

■お客さんを楽しませて、しかもガッツリ稼ぐ!

「お前には不思議な愛嬌があるから、
きっとすぐに指名がもらえるようになるよ。オレが断言する!」

「そ、そうスかね・・・」

「おう、お客さんを楽しませて、しかもガッツリ稼げる。
こんなハッピーな仕事ないだろ!やりがい抜群だぞ。
どうだ、働きたくなってきただろ?」

「は、はい!」

そうやってヒロシをその気にさせてマスターは続ける。

「最初、新人ホストは客もいないから、
まずは先輩ホストのヘルプ、掃除に雑用全般、なかなか仕事は大変だけど、
指名が取れて売上が上がってくると待遇も良くなってくるから、それまでの我慢な」

「ホストには19時~24時くらいが営業時間の“一部営業”、
日の出~昼12時あたりが営業時間の“二部営業”があるんだけど、
まず最初は“一部”にするか?
よし、オレが昔から可愛がってる後輩の店を紹介してやるよ」

そういってマスターがスマホを取り出すと・・・、

「ちょっと待った~」

とS氏から声がかかった。

「おいおいマスター、まだこっちのアピールが終わってへんわ。
何を勝手に話を進めてんねん!」

こうして今度はS氏のアピールが始まった。

■アピール② キャバクラ“黒服”の仕事。

「ウチのキャバクラの黒服(ボーイ)は正社員で月給30万円スタート、
アルバイトも時給1,500円で募集してるけど、
ヒロシは夜の世界で成り上がりたいんやったな。
それじゃあ正社員でバリバリ稼ごうや!」

「あ、はぁ・・・」

「なんや、反応が悪いな・・・。
えっ、ホストに比べて給料が低い? 
アホ言うな!さっきも言ったけど“120万円”とかって話は、
もしも売上が立てれたらって話やぞ。
ウチは普通に働けば最初から月に30万円や、
マスターが言っとったように、
ホストの最低保証は15~20万円やから、ウチの方が上やろが?」

「あ、そうか。そうっすね!」

■店長クラスになれば“年収1,000万円”も夢じゃない!

「ホストみたいに、売上に応じた歩合給やないから収入は安定するで。
それに給料の金額もどんどん上がっていくでぇ!」

そう言ってS氏は昇給のパターンを示した。

・正社員スタート時:月給30万円
・幹部候補:40万~50万円
店長クラスになれば歩合も含めて年収1,000万円以上も可能。

「おおお、年収1,000万円! オレも1000万円プレイヤーの仲間入りかぁ!」

ヒロシが歓声を上げた。

「でも幹部候補や店長になるには、
ものすご~い時間がかかるんじゃねぇの~?」

そこへ今度はマスターが口を挟んだ。

「おのれは黙っとれや・・・」

とS氏が凄むも、それを聞いたヒロシは不安気な表情を浮かべる。

それを見たS氏は、

「い、いや・・・、それがそうでもないんやで。
この業界“キャバ嬢とヤレるちゃうか”とか思って入って来るアホも居るし、
途中で夜の業界を断念する人間も居たりして、結構辞めていく奴も多いんや。
だから地道に頑張ってりゃ、空いたポストもスグに回って来るし、
短期間で出世する可能性も充分にアリやで!」

「頑張ってりゃ可能性アリってことっスね!」

「仕事がきついからみんな続かないで辞めていくんだよな~」

ここでもマスターが口を挟む。

「それはホストも同じやろ(怒)」

S氏はまたも凄みながら話を続けた。

■将来はお店の「指揮者」に!

「ウチの店の営業時間は、20時~翌1時で、出勤時間は16時30分。
そこから開店準備、キャストの出勤確認。
営業がスタートしたら、お客様の案内や応対、ウエイター業務、そして閉店作業、
加えて担当してるキャストへ接客の指導、
時には悩みを聞いてあげたりといったアフターケア・・・等々」

「確かにやることが一杯で最初は大変や。
だけど経験を積んでいけば“付け回し”といって、
“キャストをどのテーブルに付けるかを決める”重要な仕事も任されるようになる。
そうなったら、お客が楽しめるか、店の売上が伸びるかはお前次第、
まさに店の指揮者や!そのやりがいといったら半端ないで!」

「へぇ、店の指揮者・・・、なんかカッコいいっスね!」

「そやろ!」

「でも・・・、キャバ嬢とはヤレないんスね・・・」

「そりゃあ、そうやろ!キャストは店の商品やねんから!罰金モンや!」

その時マスターが身を乗り出してヒロシに言った。

「ホストだったらキャバ嬢ともヤレるぞ!」

それを聞いたS氏の我慢も限界を迎えたのか、
持っていたグラスでカウンターを“ドン”と叩き、

「さっきからガタガタうるさいんじゃ、おのれはぁぁああ・・・」

と叫んだ。

そして二人は睨み合い、その様子に怖れをなしたヒロシは、

「あ、あの・・・、じっくり考えて、ま、また連絡します・・・」

と言って席を立った。

そんなヒロシに二人はそれぞれ名刺を渡し、
同時に「連絡待ってるぞ!」と叫んだ。

その後、S氏は仏頂面でグラスを傾け、
マスターはそんなS氏と目も合わさない。
まあしかし、二人とも歩んできた道は違えども互いに接客のプロである。
頃よいタイミングで声を掛ければ、
何事もなかったように笑いながらで話し始めるに違いない。

しかしヒロシはホストと黒服、どっちの仕事を選ぶのだろう。
今日の二人の大人げない姿を見たら、どちらも選ばないかもしれないけれど・・・。